『アドレセンス』ワンカット演出の意味とは？沈黙と感情を映す映像表現を解説

Netflixで配信中の英国ドラマ『アドレセンス』が、全編“ワンカット”で撮影されたという点で大きな話題を呼んでいます。

一見すると技術的な挑戦に思えるこの演出ですが、実はその背景には繊細な感情と青春のリアルを映し出す強い意図が込められているのです。

この記事では、ワンカット演出の意味、なぜこの手法が『アドレセンス』で選ばれたのか、そしてそれが作品の世界観にどう影響しているのかを深く掘り下げて解説していきます。

なぜ『アドレセンス』はワンカットで描かれたのか？

Netflixドラマ『アドレセンス』は、全4話すべてをノーカット・ワンショットで描くという異例の演出手法を採用しています。

この大胆なスタイルは、単に「見た目のインパクト」や「技術的チャレンジ」といった理由ではなく、作品のテーマや感情表現において不可欠な演出意図が込められています。

ここでは、この演出が選ばれた理由、そして監督の意図に迫ります。

“演出の選択”ではなく“感情の表現”としてのワンカット

監督フィリップ・バランティーニは、以前の映画『ボイリング・ポイント／沸騰』でもワンカット撮影を実践しており、人間の心理を“今この瞬間”の中で描くことに強いこだわりを持っています。

『アドレセンス』においても、カットを挟まないことで、登場人物の感情の起伏や沈黙、そして視線の揺れすらもリアルに捉えることが可能となりました。

この手法により、観る側は“演技を観る”のではなく、“そこに存在する人間を見つめる”感覚を得ることになります。

監督バランティーニが目指した“リアリズム”の核心

『アドレセンス』では、犯罪や裁判という重いテーマが扱われていますが、その根底にあるのは「沈黙の中にある感情」「語られないものをどう映すか」という演出哲学です。

ワンカットによって、登場人物の感情が編集で飛ばされることなく、時間の流れと共に蓄積されていくため、観る者の心理的没入感は極限まで高められます。

このリアリズムこそが、思春期という不安定で言葉にしにくい時期の“リアル”を表現するために最も適した方法であり、まさに『アドレセンス』という作品の本質そのものなのです。

ワンカット演出がもたらす没入感と緊張感

『アドレセンス』におけるワンカット演出は、観る者を作品世界に引きずり込む強烈な“没入感”と“緊張感”を生み出しています。

物語の進行と感情の波がリアルタイムで流れることで、視聴者は登場人物と“同じ時間”を共有する体験をするのです。

編集による“安全地帯”を排除する演出効果

通常のドラマでは、緊張が高まると“カット”を入れて視点を変えたり、BGMを差し込んだりして、視聴者に感情の整理や休憩の時間が与えられます。

しかし『アドレセンス』は、それをあえて排除。ワンカットで描かれることにより、視聴者もまた逃げ場のない感情の渦に巻き込まれていきます。

これは、“視聴する”というよりも“体感する”ドラマ。映像の中にいるかのような密着感が、主人公の緊張や混乱とシンクロしていきます。

登場人物の揺れる感情をそのまま伝える撮影構造

1時間近い尺を切れ目なく撮るということは、演者の演技に一切の“ごまかし”が効かないということでもあります。

視線の泳ぎ、沈黙の間、言い淀む呼吸——そうした細やかな感情の揺れが、すべて視聴者に伝わる構造になっているのです。

このリアリティの高さは、視聴者に対して「これはドラマではない」「まさに今、誰かが苦しんでいる」と感じさせ、感情的な共鳴を引き出す大きな要因となっています。

沈黙と沈黙の“間”をどう描いたのか？

『アドレセンス』が視聴者の胸を打つ最大の要素のひとつが、“沈黙”の描き方にあります。

セリフで語られない部分、言葉にできない思春期特有の感情が、カメラの止まらない“間”の中でじわじわと浮かび上がってくるのです。

ここでは、その沈黙がどのように表現され、どんな意味を持っているのかを紐解いていきます。

言葉にならない思春期の感情を映像で語る

13歳という思春期のど真ん中にいるジェイミーは、語りたくても語れない。自分の感情を正確に言葉にする術をまだ持ちません。

だからこそ、沈黙そのものが彼の心を代弁しているのです。

例えば取り調べ中の長い沈黙や、家族との対話で目をそらす仕草など、一見「無表情」に見える瞬間にこそ、最も激しい感情が渦巻いていることを、ワンカット映像は逃さず捉えます。

会話ではなく空気で伝える“リアルな青春”

『アドレセンス』では、空気の“重さ”や“間”が感情を伝える役割を果たしています。

登場人物が話すのをやめた瞬間に流れる沈黙、それに対する相手の呼吸やわずかな体の動き。その“空気”のすべてがドラマの一部として生きているのです。

特に思春期は、多くを語ることよりも「語らないこと」に感情が宿る時期。その不安定さや曖昧さを、ワンカットの沈黙が絶妙に映し出しています。

『アドレセンス』ワンカット演出の真意とは？映像から読み取る青春のリアルまとめ

Netflixドラマ『アドレセンス』は、ワンカット演出という大胆な映像技法を用いながら、派手な演出に頼らず、静かに、けれど圧倒的に“人間”と“感情”を描ききった作品です。

それは単なる演出の実験ではなく、思春期という不安定な時期の「語られない痛み」を映し出すための必然的な選択でした。

視聴者とキャラクターの距離をゼロにする手法

カットや編集を排除したことで、登場人物と視聴者の時間が完全に一致します。

これは、感情の揺れ、沈黙の重さ、視線の迷いなど、あらゆる「間」を丸ごと感じることができるという意味で、これまでのドラマにはない没入体験を生んでいます。

その結果、観る側は単に物語を追うのではなく、まるで“その場に居合わせている”ようなリアリティの中で、登場人物と共に感情を揺らすことになります。

だからこそ伝わる「語られない痛み」

思春期の苦しみ、家族の不安、社会の冷たさ——それらは言葉では語られず、空気・沈黙・表情の中に潜んでいます。

『アドレセンス』のワンカット演出は、その“語られない部分”をまっすぐに映し出し、視聴者に「見て、感じて、考える」体験を強く残します。

それこそが、この演出の真意であり、青春のリアルを映すという本作のテーマに対する、映像表現としての最も誠実な答えなのです。