ディズニープラスで配信中の『ガンニバル』は、山間の村を舞台にしたサスペンススリラーとして話題を集めています。
「供花村では人が喰われている」という衝撃的な噂を巡り、主人公・阿川大悟が村の恐るべき秘密に迫っていくこの物語ですが、実際にあった事件をモデルにしているのでは?という噂が広がっています。
本記事では、『ガンニバル』が実話なのか?、またモデルになった事件との関係について詳しく解説します。
- 『ガンニバル』がフィクションであり、実話ではない理由
- モデルになったと噂される「津山事件」との共通点と違い
- 供花村のロケ地や聖地巡礼のポイント
『ガンニバル』は実話なのか?
① フィクションとして作られた作品
『ガンニバル』は、二宮正明氏の漫画を原作としたフィクション作品であり、実際の事件をそのまま描いたものではありません。
供花村(くげむら)という村や登場人物も架空のものであり、「人喰いの村」という設定も創作です。
しかし、作品全体には実際にあった事件や、日本の閉鎖的な村社会の伝承が影響を与えている可能性が指摘されています。
特に、日本には古くから「口減らし」や「間引き」といった悲しい風習が存在した歴史がありました。
また、「土着信仰」や「村八分」といった社会構造の要素も、『ガンニバル』の世界観に反映されていると考えられます。
これらの要素が組み合わさることで、フィクションでありながら「あり得るかもしれないリアルな恐怖」を演出しています。
② 実際にモデルとなった事件はある?
『ガンニバル』のストーリーはフィクションですが、ファンの間では、ある実在の事件がモデルになったのではないかと噂されています。
特に、「津山事件」と呼ばれる1938年に発生した大量殺人事件との共通点が指摘されています。
津山事件は、1938年に岡山県津山市で起きた大規模な殺人事件であり、犯人が短時間のうちに30人近くを襲撃し、当時の日本社会を震撼させました。
また、津山事件だけでなく、「八つ墓村事件」(津山事件がモデルとされる横溝正史の小説)や、村社会特有の閉鎖性が関係する「神隠し事件」なども『ガンニバル』の着想源になった可能性があります。
次の章では、「モデルとなったと噂される『津山事件』とは?」について詳しく解説します。
モデルとなったと噂される「津山事件」とは?
① 津山事件の概要
津山事件は1938年(昭和13年)5月21日未明に岡山県津山市で発生した大量殺人事件です。
当時21歳だった都井睦雄という青年が、たった一人で村人を次々と襲い、わずか2時間足らずの間に30人近くを殺傷しました。
事件の背景には、閉鎖的な村社会の風習や、犯人自身の孤立があったとされます。
以下は事件の詳細です。
- 日時: 1938年5月21日未明
- 場所: 岡山県津山市の農村(加茂町行重地区)
- 犯人: 都井睦雄(当時21歳)
- 使用武器: 改造猟銃、日本刀、斧
- 被害者: 計30名(即死者28名、重軽傷者5名、後に2名死亡)
- 事件の結末: 犯人は犯行後、自宅で青酸カリを服用して自殺
② 津山事件の背景と動機
都井睦雄は、幼少期から村人たちと良好な関係を築いていたものの、次第に村の閉鎖的な環境に苦しむようになりました。
彼は幼い頃から病弱であり、青年期には結核を患ったことで、村人たちから距離を置かれるようになります。
また、村の女性との交際が噂されたり、兵役検査で不合格となったことも、彼の精神状態を悪化させた要因の一つでした。
このように差別や孤立を感じていた彼が、最終的に凶行に及んだと考えられています。
③ 『ガンニバル』との共通点
『ガンニバル』と津山事件の間には、以下のような共通点が見られます。
- 閉鎖的な村社会:供花村も津山事件の舞台となった村も、外部との交流が少ない孤立した集落である。
- 異常な暴力性:津山事件では短時間に30名近くが襲撃され、『ガンニバル』でも村全体に隠された暴力が存在する。
- 噂と恐怖の支配:津山事件は後に「八つ墓村」のモデルとなったように、『ガンニバル』も「人喰い」の噂が恐怖を増幅させる。
- 村の秘密と狂気:津山事件では「村人に対する恨み」が犯行の引き金となり、『ガンニバル』では「後藤家の闇」が村を支配している。
④ 「八つ墓村」との関連
津山事件は、後に横溝正史の小説『八つ墓村』のモデルになったと言われています。
『八つ墓村』は、日本の田舎村に伝わる呪いや復讐劇を描いた作品であり、村人が恐怖に支配される構造が『ガンニバル』とも類似しています。
津山事件は、戦前の日本において前代未聞の大量殺人事件だったため、その影響は文学や映画にも広がり、多くの作品に影響を与えました。
⑤ 供花村と津山事件の違い
ただし、『ガンニバル』の供花村は、津山事件とは異なる点もあります。
- 津山事件は犯人一人による大量殺人だったが、『ガンニバル』では村全体に根付いた狂気が描かれている。
- 『ガンニバル』は「人喰い」という民俗的・伝承的な要素が加わっており、単なる事件ではなく文化や信仰の影響が強い。
- 津山事件は「復讐」が動機だが、『ガンニバル』では村の伝統や秘密が暴力の根源となっている。
このように、『ガンニバル』は津山事件から着想を得た可能性はあるものの、完全に同じ事件を描いたものではなく、よりスケールの大きな村社会の狂気をテーマにしていると言えます。
次は、「供花村の舞台となったロケ地は?」について詳しく解説します。
供花村の舞台となったロケ地は?
① 供花村のモデルは実在する?
『ガンニバル』に登場する供花村(くげむら)は架空の村ですが、その雰囲気をリアルに再現するため、実際の日本の山村でロケ撮影が行われました。
特に、以下の2つの地域が、供花村のイメージに大きな影響を与えていると言われています。
- 三重県熊野市の木津呂集落(供花村のメインロケ地)
- 兵庫県養父市の大庄屋記念館・明延鉱山(後藤家の屋敷・洞窟シーン)
② 三重県熊野市 木津呂集落
供花村の主要なロケ地となったのは、三重県熊野市にある木津呂集落です。
木津呂集落は、四方を川に囲まれた珍しい地形を持つ小さな村で、「日本の秘境100選」にも選ばれたほどの独特な風景を持っています。
供花村の閉ざされた雰囲気を表現するのに適しており、ドラマではここが村の主要な撮影地として使用されました。
③ 兵庫県養父市 大庄屋記念館・明延鉱山
ドラマ版では、後藤家の屋敷として大庄屋記念館が使用されました。
大庄屋記念館は、江戸時代に建てられた大きな屋敷で、当時の権力者が住んでいた重厚な建物です。
また、村の地下に広がる洞窟のシーンは、兵庫県養父市の明延鉱山探検坑道で撮影されました。
この鉱山は、実際に坑道見学ができる観光地となっており、ドラマの不気味な雰囲気を演出するのに最適なロケーションでした。
④ ロケ地巡礼の際の注意点
『ガンニバル』のロケ地は実際に訪れることができますが、いくつか注意すべき点があります。
- 木津呂集落は私有地が多く、無断での立ち入りは禁止
- 大庄屋記念館は観光施設だが、撮影時とは内装が異なる可能性がある
- 明延鉱山は見学可能だが、事前予約が必要
聖地巡礼をする際は、地元住民や観光施設のルールを守りながら訪れることが大切です。
次は、「まとめ」について詳しく解説します。
まとめ
『ガンニバル』はフィクション作品であり、実際の事件をそのまま描いたものではありません。
しかし、作品のテーマや村の雰囲気には、日本の閉鎖的な村社会や実際に起きた事件が影響を与えていると考えられます。
本記事のポイント
- 『ガンニバル』は原作者・二宮正明氏のオリジナル作品であり、実話ではない。
- モデルになったと噂される「津山事件」は、1938年に岡山県で発生した大量殺人事件である。
- 津山事件と『ガンニバル』には、閉鎖的な村社会・異常な暴力性・噂による恐怖の支配といった共通点がある。
- 供花村のロケ地は三重県熊野市の木津呂集落や、兵庫県養父市の大庄屋記念館・明延鉱山で撮影された。
- 聖地巡礼をする際は、地元のルールを守り、マナーを意識することが重要。
ドラマをより深く楽しむために
『ガンニバル』は単なるホラー作品ではなく、日本の村社会の闇や、人間の本質に迫るサスペンスとしても注目されています。
実際の事件との関連を考えながら視聴することで、作品の持つリアルな恐怖感をさらに味わうことができるでしょう。
『ガンニバル』シーズン2の配信情報
2025年3月19日より、ディズニープラス「スター」にてシーズン2が独占配信予定です。
供花村の秘密がどのように描かれるのか、原作との違いや、さらなる衝撃の展開に注目です!
- 『ガンニバル』はフィクションであり、実際の事件を基にした作品ではない
- モデルになったと噂される「津山事件」とは1938年に岡山県で起きた大量殺人事件
- 津山事件と『ガンニバル』には村社会の閉鎖性や暴力性といった共通点がある
- 供花村のロケ地は三重県熊野市の木津呂集落や兵庫県養父市で撮影された
- 作品の背景を知ることで、『ガンニバル』の恐怖や世界観をより深く理解できる
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