CR-V、それは“走れるSUV”の原点だった
1995年、初代CR-Vがデビューした年。
僕はまだ中学三年生。
父の車の助手席で聞いたVTECの咆哮に心を奪われ、走ることに恋をした年だった。
当時のホンダは、まさに“走り屋の聖地”。
シビック、インテグラ、プレリュード。
低く、軽く、鋭く回るエンジン。あの時代、ホンダは若者の胸を真っ直ぐに撃ち抜いていた。
そんなホンダが送り出したCR-Vは、一見して異質だった。
背が高く、丸みを帯びたフォルム。けれどその足元には、確かに“走りの匂い”が漂っていた。
FFベースの4WDに、独立懸架のサスペンション。
ピクニックテーブルなんていう洒落っ気の裏に、ホンダは確かに「走れるSUV」を仕込んできた。
あれから30年。
僕も今では家族を持ち、娘たちと過ごす週末を何より大切にしている。
だけど、年に数回はレーシングドライバーとして、ステアリングを握り続けてもいる。
もう峠ではなく、コースで戦う日々。
でも“走りを愛する気持ち”は、あの頃と少しも変わっていない。
そんな今だからこそ、CR-Vという存在を改めて見つめたくなった。
この記事では、初代から現行まで6世代にわたるCR-Vを、
スペックや流行ではなく、“走りの質感”という目線で辿っていく。
走れるSUVは、果たしてどんな道を歩んできたのか。
その足跡の先に、きっと今の僕らに刺さる何かがある。
初代 CR-V(1995〜2001)|ホンダらしさ全開の“遊び心”SUV
■ 独特なデザインとピクニックテーブルに詰まったホンダ魂
1995年。オフロードSUVとRVブームの熱気が漂う中、ホンダが放ったCR-Vは、明らかに他と一線を画していた。
無骨なフレーム構造ではなく、モノコック。
4WDでもトラックのような硬さはなく、どこまでも軽やかで都市的だった。
それでいて、リヤゲートには“ピクニックテーブル”を内蔵。
この発想――完全にホンダらしい。真面目で、遊び心に溢れていて、どこか“やんちゃ”。
当時のカタログに「人生をもっと軽快に」というコピーが踊っていたが、それはまさにこのクルマの本質を言い当てていた。
■ カチッとしたハンドリングと軽快なFF走行性能
駆動方式はFFベースのリアルタイム4WD。
必要な時だけ後輪に駆動を配分するシステムは、今見れば何の変哲もないが、当時としてはかなり革新的だった。
そしてなにより特筆すべきはその走り味。
足回りは独立懸架。ベースとなったシビック譲りのシャシーは、SUVというカテゴリーにしては異例のハンドリングの良さを持っていた。
ステアリングを切った瞬間に伝わる剛性感。
ロールはするのに、ラインが崩れない。
「SUVなのに、こんなに気持ちよく曲がるのか?」
初めて試乗したときの衝撃は、今でもよく覚えている。
この時代のCR-Vには、「走りが好きだけど、ちょっと生活も大事になってきた」そんな人たちへの優しい提案が詰まっていた。
まさに、“背の高いホンダ車”。
走りの楽しさと、暮らしを楽しむ気持ちを見事に融合させた一台だった。
2代目 CR-V(2001〜2006)|ミドルクラスSUVとしての成熟期
■ 低床化と乗用車感覚の拡張
2001年に登場した2代目CR-Vは、デザインの方向性が大きく変わった。
丸みを帯びたフロントフェイス、立体感のあるボディライン、より広くなったキャビン空間。
SUVというよりは、“少し背の高いワゴン”と表現したほうがしっくりくる一台だった。
このモデルから、リアゲートは横開きから跳ね上げ式に変更。
ピクニックテーブルは健在だったけれど、全体的に「実用性」と「快適性」が強く押し出されるようになった。
床が低く、視界が高く、ドライバーズポジションもコンパクトカー的。
それはつまり、“誰にでも運転しやすいCR-V”へと進化したということだった。
■ 走りはちょっとマイルドに? それでもまだ“ホンダの味”が生きていた
シャシーは7代目シビックをベースとし、リアサスにはダブルウィッシュボーンを継承。
このおかげで、走りのキレはまだ健在だった。
ただ、ボディの大型化・重量増に伴って、初代にあったあの“軽やかな疾走感”は少し後退。
パワートレインもK20A型の2.0L i-VTECを搭載していたが、走りの感触は明らかに“丸くなった”。
それでも、ハンドルの応答性や、踏み込んだときのエンジンの素直さには、
「やっぱりこれはホンダのクルマだ」と思わせてくれる芯の強さが残っていた。
生活に寄り添うようになったCR-V。だけど、走りのことを忘れてはいなかった。
“速さ”よりも、“気持ちよさ”を優先したこの世代は、ある意味、「走り屋の大人化」を象徴する一台だったのかもしれない。
3代目 CR-V(2006〜2011)|曲線と快適性、そして北米志向へ
■ 見た目と性格が大きく変化した一台
2006年、CR-Vは大きく変わった。
これまでのスクエアなスタイルを捨て、ぐっと流線的で丸みを帯びたデザインへ。
リアゲートも真っ直ぐな跳ね上げ式になり、スペアタイヤが姿を消した。
そのフォルムから伝わってくるのは、“日本の山道”よりも“アメリカのハイウェイ”。
そう、この代のCR-Vは、北米マーケットを強く意識して設計された一台だった。
実際、全幅も拡大し、全体的に大きく、ゆったりとした設計になっていた。
見た目の高級感、インテリアの上質さ、静粛性の向上――どれをとっても「世界戦略車」としての洗練があった。
■ “走り好き”には物足りなかった? それでも滑らかな挙動が魅力
搭載されるK24A型の2.4Lエンジンは、出力・トルクともに十分だった。
けれど、車重の増加とミッションのセッティングにより、初代や2代目にあった「軽快感」は薄れた。
ステアリングの応答も穏やかになり、サスペンションはよりしなやかに。
この変化を“退化”と取るか、“進化”と取るかは人それぞれだけど――
「ゆったり走るのが気持ちいいSUV」という新しいキャラクターを確立したのは間違いない。
それでも、交差点でアクセルを踏み込んだときの滑らかな加速。
高速道路での直進安定性。
その奥には、やっぱりホンダの“走りの血統”が確かに息づいていた。
スポーティさから一歩離れて、快適性とグローバル感を手にした3代目CR-V。
それは、ホンダが“CR-Vというジャンル”を再定義した瞬間でもあった。
4代目 CR-V(2011〜2016)|よりグローバルに、よりパワフルに
■ より筋肉質に、より力強く
2011年に登場した4代目は、3代目の流れを受け継ぎながらも、より洗練された印象を与えるモデルだった。
ボディラインはより筋肉質に、グリルは大胆に、ホイールベースを確保しながら全体的にバランスが取れていた。
インテリアの質感もグッと上がり、静粛性や快適性はまさに上級クラス。
でもそれ以上に、走りの質感が明確に“戻ってきた”ことが嬉しかった。
■ 走りが、また少し“楽しく”なった
搭載エンジンは引き続きK24A型の2.4L。
だけどトルク感とレスポンスが改善され、特に中速域での伸びが気持ち良くなった。
サスペンションはやや締まりを感じさせ、「ちゃんと走らせたくなるSUV」としてのポテンシャルが戻ってきたように感じた。
峠を攻めるような味ではないけれど、
コーナーを曲がるときのロールの質や、クルマの“踏ん張り感”に、ホンダがCR-Vを“走れるSUV”として再評価した気配があった。
実際、欧州でも評価が高く、アメリカ市場でもこの4代目は大ヒット。
どの国でも「ちょうどいいSUV」として確かな支持を得た。
走り好きにとっての“安心感”と、“まだイケるじゃん”という驚き。
それが4代目CR-Vには、確かに詰まっていた。
5代目 CR-V(2016〜2023)|ターボとハイブリッドで多様化する走り
■ プラットフォーム一新、走りの“地力”が格段にアップ
2016年に登場した5代目CR-Vは、ホンダのグローバル戦略の中核を担うモデルとしてフルモデルチェンジされた。
新たに「Hondaグローバル・コンパクト・プラットフォーム」を採用し、走行安定性・静粛性・安全性のすべてが大幅に向上。
見た目もかなり精悍に。
フロントフェイスの造形はよりシャープで立体的になり、「あ、このCR-V、ちょっと速そうだぞ」と思わせる佇まいに。
■ ターボとハイブリッド、それぞれの“走り”を持つ
注目すべきは、搭載エンジンの多様化だ。
日本仕様では1.5L VTECターボと、2.0L i-MMDハイブリッドの2本立て。
ターボは思いのほかトルクフルで、街乗りから高速まで扱いやすい。
踏み込めば力強く、けれど音や振動はしっとりと抑えられていて、まさに“大人のスポーティさ”といった印象。
一方のハイブリッドは、低速トルクの厚みと滑らかさが光る。
特に市街地やワインディングでの静かで伸びやかな加速は、「これ、SUVだったよな?」と思わせるほど。
■ 走りも選べる、時代に合わせたCR-V
この世代のCR-Vは、“走り好き”に向けたというよりは、
“走りのことをちゃんとわかってる大人”のために設計された、そんな印象が強い。
速さや刺激ではなく、
「どんな道でも心地よく走れること」をテーマに据えたその思想は、走り好きにもきっと伝わる。
派手なキャラクターではないけれど、
「クルマと対話する歓び」を、しっかりと残していた。
6代目 CR-V(2023〜)|ホンダの“走りの哲学”は今も続いているか?
■ 走りの歓びを“EV以降”の時代にどう残すか
2022年に北米から先行して発表され、2023年にはグローバル展開された6代目CR-V。
その見た目は、歴代モデルの中で最も“SUVらしいSUV”に近づいた。
より直線的で、引き締まったスタイリング。
薄型のLEDヘッドライト、大型グリル、強い肩のライン。
まるでヨーロッパの高級SUVのような、凛とした気品が漂う。
■ シャシーの剛性とハンドリング性能が劇的進化
しかし見た目以上に驚かされたのは、その走りの完成度だった。
ボディ剛性の向上とシャシーの再設計により、ハンドリングが格段に引き締まり、
「これはもう、シビックじゃなくても“走りが楽しい”と言えるSUVだ」と感じさせてくれた。
ステアリングの正確さ、ロールの抑え方、トラクションの立ち上がり方。
まさにホンダが長年培ってきた“人間中心設計”の粋を集めたドライビングフィールだ。
■ ハイブリッドの静かさの中に宿る“ホンダらしさ”
搭載されるパワーユニットは2.0L直4+2モーターハイブリッドのe:HEV。
エンジンを直接駆動に使わず、基本はモーターで走るシリーズハイブリッド方式。
このe:HEV、静かでスムーズで、無音のままグイグイと前へ進む。
けれど、ただのEV的な「移動手段」ではない。
加速の質感、ブレーキのフィール、コーナーでの荷重移動。
そこには確かに、「走りのリズム」を感じられるセッティングが生きている。
どこまで行っても“走り屋の血”を捨てきれない。
それが、6代目CR-Vの根底にあるホンダの頑固さであり、僕たちがホンダに期待する“らしさ”なのだ。
■ 走りは進化した、でも“哲学”は変わらない
時代は変わる。クルマの形も、動力源も変わる。
でも、ハンドルを握った時に生まれる“気持ちよさ”だけは、変わってほしくない。
6代目CR-Vは、その願いに応えてくれるクルマだと思う。
ハイブリッドで静かに、でも確かに“走る歓び”を届けてくれる。
ただ走るんじゃない。
ホンダのパワーを、魂ごと浴びる。
そう思える一台が、またここに誕生した。
まとめ|CR-Vと生きた30年、今あえて選ぶ理由
1995年、ピクニックテーブルを積んでCR-Vが現れたとき、
誰もが「なんだこのクルマは?」と目を丸くした。
SUVでもオフローダーでもない、だけどどこか軽やかで、ホンダらしい。
それは、ホンダが「走る歓びを、もっと自由に、もっと日常に」と願った答えだった。
そして、そこから30年。
CR-Vは、ユーザーの暮らしと共に、静かに、でも確実に進化を続けてきた。
ファミリーカーとしての快適性、世界戦略車としての信頼性。
時代の要請に応えるように姿を変えながらも、
「ハンドルを切ったときに心が反応する」あの感覚だけは、頑なに守り続けてきた。
それがどれほど難しいことか。
時代は変わる。クルマの役割も、動力源も変わる。
でもホンダは、CR-Vにだけは、“走り”という魂を宿し続けた。
僕も歳を重ねた。
週末は家族とキャンプに出かけ、峠を攻めるなんて事は無くなった・・・
けれど、どんなクルマに乗っても、「心が前のめりになるかどうか」だけは、いまだに僕の中の基準になっている。
ただの移動じゃない。
ハンドルを握った瞬間に、ふっと息が軽くなる。
アクセルを踏んだ時に、景色の奥行きが一段深く見える。
そういう瞬間があるクルマが、やっぱり好きだ。
今、あなたは何を走らせたいですか?
最新装備が満載のSUV? ラグジュアリーな高級車? それとも、心が動く一台?
答えは人それぞれ。でも、僕はこう思う。
“走ることが好きだったあの頃”の自分と、
“家族を想いながら生きる今”の自分。
その両方に寄り添えるCR-Vは、やっぱり特別な存在なんだ。
もう一度だけ、走りを信じてみませんか?
日常の中にある“わずかな高揚感”を、見過ごさないために。
CR-V――それは、ホンダが僕たちに託した、
“走り続ける心”の証明書だ。